フランスアンティーク&ブロカント雑貨 | メゾン・ヴィヴィエンヌのフランスアンティーク物語

カテゴリ: フランス関連のはなし

もうそろそろきのこ狩りの季節も終わりですね。

我が家は10月初めに夫の畑のある
長野県北部にてきのこ「探し」をしました。
今週末も行きますが、
もう終わりではないかなと思っています。

日本でのきのこ狩はしたことがなかったのですが
フランスに住んでいた28歳くらいの時、
週末になると当時の恋人が
フォンテーヌブローの森にきのこ狩に連れて行ってくれました。
(当時はそういうのあまり好きではありませんでしたが・・・)

フランスのスーパーやマルシェで秋になると
「ごそっ!」と山盛りになって売られているきのこは
ジロル茸、プルロット、ピエ・ド・ムトン、
そしてセップ茸(イタリアで言うところのポルチーニ茸)。
トロンペット・ド・ラ・モールは生より乾燥したのが多いでしょうか。
ちなみに、あみがさ茸のモリーユ茸は春、
シャントレルは夏のきのこだそう。

フォンテーヌブローの森では、
その中の「セップ茸」がよく採れました。

cepe-de-bordeaux-300x199

セップ茸
http://www.mycologique.com/

Pleurotes_DC_t_800

プルロット
http://dico-cuisine.fr/news/pleurote


220px-Cantharellus_cibarius

ジロル茸(wikipedia)

Macrolepiota

クルメル(wikipedia)
→これもフォンテーヌブローの森でよく採りましたが、
同じ種類の毒きのこと良く似ているので要注意です。

morilles
あみがさ茸(モリーユ)




他の食用きのこも採れるのでしょうけれど、
きのこ狩りの鉄則は

「確実に知っているきのこしか採らない」。

「これ、○○に似てるけど・・・」というのは
絶対採っちゃだめなのです、
軸に輪っかがついているかついていないか
傘がささくれ立っているかいないか
裏のひだの間隔が密かそうでないか などなど、
違うきのこと見分けるための部分が多すぎて
素人には太刀打ちできません。
白雪姫に出てくるような赤いきのこばかりが
毒きのこではないのです・・・


ちなみに、長野で見つけたきのこはこちら。


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下から二番目の黒っぽいのが、フランスで良く食べる
トロンペット・ド・ラ・モール(死のラッパ)。
日本では「黒ラッパ茸」といいます。
上から5番目の写真のような、
セップ茸のように裏がスポンジ状のきのこも日本にあります。
ちなみに、ここにご紹介したものを
採って食べたわけではありません(笑)
判別つかないので採っていません。
上から3つ目までは確実に毒きのこだと思います。
その他、知らないきのこは触るのもよろしくないので
写真に収めるだけに留めました。

今週末もまた長野行ってきます。
そのため、本来11月3日・5日・6日が休日のところ
11月4~6日にお休みを頂戴致します。
ご不便をおかけして申し訳ございません。
その前に、ポストカードの裏面についてのページをと思い
書き始めています。
出来れば今日中にアップしたいと思います。
→明日でよろしいでしょうか・・・



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数日前、ル・モンド誌に掲載された記事で
ミッテラン元フランス大統領から長年の愛人に送られた
ラブ・レターが出版されるということを知りました。

http://www.lemonde.fr/livres/article/2016/10/06/anne-pingeot-au-grand-jour_5008925_3260.html


ミッテラン氏に隠し子がいたということ自体は
かなり前から知られていまして、
女性問題について記者が質問した際、ミッテラン氏が

"Et alors?" (エ・アロー?=それが何か?)

と聞き返したというのは有名で、
この言葉にいたく感銘(?)を受けた渡辺淳一氏が
「エ・アロール」という小説を書いたという逸話を
ご存じの方も多いかと思います。

愛人であるアンヌ・パンジョ女史は
厳格で保守的なカトリック教育を受けて育った
ミッテラン氏の友人の娘だそうです。

14歳のその娘を
ゴルフ場のクラブハウスで見かけたのが馴れ初めで
愛し合うようになったのは一応20歳の時という話で
(ミッテラン氏は47歳!)
彼女は長じてオルセー美術館の
19世紀後半の彫刻を専門とする学芸員になります。

annepingeot

赤いマントの女性がアンヌ その隣がミッテラン氏 (画像はル・モンド誌のものを拝借しています)

1964年に始まったこの関係において
1974年にマザリーヌという娘がひっそりと誕生し
ミッテラン氏が亡くなる1996年までの32年間
二重生活が続けられていたとのこと。
rue Jacob、パリ六区が母子の住まいであり
時々父親が訪ねてくる場所でした。

1996年、ミッテラン氏の葬儀の際、
母子の姿がフランス国民の目に初めて触れ
その10年後一人娘マザリーヌが本を出版し
元フランス大統領の二重生活について語りましたが、
既に1994年にパリ・マッチ誌が
ミッテラン氏とマザリーヌが
パリで会っている写真を掲載したことにより
フランス国民はその隠れた存在を知っていました。

「その時代のカトリック的・ブルジョワ的道徳観のため」
ダニエル夫人との離婚は絶対にしなかったミッテラン氏。
こんなことを言っていたとか。


“Il n’y a d’amour éternel que contrarié.
Méfiez-vous d’un amour paisible où tout va bien !
Quand c’est difficile
– quand c’est tout le temps difficile –,
l’amour ne s’éteint pas.” 

障害がなければ永遠の愛はない。
平穏な愛、なにもかもうまくいっている愛はダメだ、
困難なとき-常に困難が待ち受けている時-、愛は冷めないのだ。


レジスタンスの同士であったダニエル夫人とは
1944年に結婚し3男に恵まれています。
一応、この出版はダニエル夫人が
この世を去るのを待ったあとだそうですが、
それにしてもまさか恋文が
「後世、出版されてみんなに読まれる」ことを
想定していなかったミッテラン氏もびっくりでしょう。
自分が愛した女性とその子がこのようなことをするとは・・・

それにしても
「困難だから不倫は燃えるんだよ」と言ってしまうミッテラン氏。
(平たく訳しすぎでしょうか?^^;)
年端もいかなかった頃から洗脳?されてしまったアンヌ。
婚外子として寂しい思いをしたのか
自己肯定感が欲しくて仕方がなくて?暴露本を綴るマザリーヌ。

人生いろいろですね・・・

隠れた関係とはいえ、32年も続いたとなれば
「本物の愛」に昇華する、の、かも、しれませんし、
それほど長く誰かと愛し愛されあったことのない私から見ると
尊敬し愛する人と32年間もの間
婚姻関係で縛られていないにも関わらず
愛の醒めない「家庭」を築き、子を授かり
死後もなお「後にも先にも彼だけだった」と言うくらいなのだから
アンヌという女性はとても幸福だったと思います。
娘も母親を崇拝しているようですし。
マザリーヌの肩書は「作家」ですので
娘が母親に「後世に残すべき」と背中を押したのかと思えます。

でも・・・愛する人からのラブレターは
秘するべきではないでしょうか。

(ふと、フランス人の元恋人からのラブレターが
たくさんあるのを思い出しました!どうしましょう~ )


国父としてはシャルル・ド・ゴール元大統領の次に
国民に指示され尊敬されているミッテラン氏ですが
私生活はこのように「裏」がありました。
それでも、現在お茶の間を賑わせている
某アメリカ大統領候補の方とは
だいぶ品格が違うように思うのは私だけでしょうか。


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さきほど、とっても素敵な番組を見ました。
「モナコ宮殿の料理人」。
モナコの宮殿でアルベール2世大公の料理人として30年働いている
クリスチャン・ガルシアさんに密着した取材です。

モナコ大公宮殿は誰でも外観の見学をすることが出来ますが、中には入れません。
大公ご夫妻と双子のお子様がお住まいでいらっしゃいますから。
私も宮殿前までは行ったことが2回ほどあるのですが、当然中に入る資格がないので内部を見学したことはありません。


DSC01283


この中に、日本との国交樹立10年ということで、NHKが密着取材で入ることが出来たそうです。
(たった10年??なのですね。100年の間違いでしょうか??)

クリスチャン・ガルシアさんは、毎日大公殿下ご家族4人の三食のお食事のほか、
(毎日、毎食分X3通りの前菜~主菜~デザートのメニューを考案し、大公に選んでいただくそう)
国家行事としての晩餐会の総指揮も職務として行っています。
決して大公がお食事しているところを見たことはないけれども
大公は新しい食材・珍しい食材、新鮮な食材にとても興味があるうえ
ガルシアさんの組み立てたメニュー表に「美味しかったよ。」「素晴らしい!」
「デザートが凍りすぎていたよ」など、感想を書いてくださるそうで
それがガルシアさんの励みとなっているそうです。
上司・部下のとても温かい交流が出来ているのですね。

大公のために、ガルシアさんはニース旧市街のスパイス屋さんに足しげく通って
常に新しい刺激を求めたり、元々は檸檬栽培と魚の漁だけの街だったモナコの
最後の一人の漁師と一緒に釣りに行ったり(カサゴが釣れていました)
奥様とのバカンス先であるシチリアでもコラトゥーラ(アンチョビの魚醤)のようなものと思われる
珍しい調味料を見つけたり、美味しい赤海老のクスクスに出会ったらシェフを賞賛しに行ったり・・・

そんガルシアさんの働きぶりに密着したルポルタージュ、とても興味深かったです。
時折顔を出す大公も、とっても温かみのある気さくなお方とお見受けしました。
とにかく、なかなか見られない映像だと思います。


私のモナコ写真の下に番組紹介文がありますので、どうぞ読み進めてくださいね。


DSC01282

旧市街のアパルトマン。ニースやマントンと似たような色合いです。

DSC01285

モナコのヨットハーバー。
檸檬栽培と漁業だけの小さな国を現在の姿にしたのは、
アルベール2世大公の父君一代でのことだそう。
国民一人当たりの年間所得は2千万円だとか。

DSC01287b

フランス企業時代、2週間の夏のバカンスがとれたので
日本から2週間ニースに語学留学し、その時にクラスメイトたちと
2回目のモナコ訪問をしました。一番左が私です。

DSC01291b

モナコのカジノの前で。ゲームは、していません^^;

DSC01292b

アラビア文字の高級車がたくさん!



NHKの、番組紹介リンク。
https://www.nhk.or.jp/bs-blog/2000/252445.html

リンクが消えてしまうといけないので、文章をコピペしました。↓


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料理番が大公に贈るラブレターのような一皿~ザ・プレミアム 「モナコ宮殿のおいしい食卓~アルベール大公とガルシア料理長」~ BY 常木佳子

「天皇の料理番」、「大使閣下の料理人」など、ここ数年、料理人を主人公にしたドラマが次々とヒットを飛ばしていますね。日々の食事を通じて主人の体調を支えるとともに、国賓をお迎えする公式晩餐会では創意工夫を凝らしておもてなし料理を作る―。彼らの仕事は責任重大で、実に驚きに満ちています。 そこで実際にある国家元首に仕える料理人のドキュメンタリーをお送りします!舞台は世界で最も豊かなモナコ公国。そう、あの「絶世の美女」と謳われたハリウッド女優のグレース・ケリーが嫁ぎ地中海の宝石と呼ばれる美しい国です。

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  【モナコ公国のエンブレムが刻印された宮殿限定マカロン】   【ガルシア大公宮殿料理長】

主人公は、モナコ公国大公アルベール2世から絶大な信頼を得るクリスチャン・ガルシア料理長。きっかけは3年前、東日本大震災の被災地支援のために、気仙沼の生産者を訪ねたガルシアさんを取材した時にさかのぼります。造り酒屋からもらった酒粕に、なんと完熟マンゴーとキャビアを合わせるなど、初めて見る食材の潜在的な可能性を一瞬で見抜き、芸術的な料理に高めてしまう手腕に舌を巻きました。同時に「これも、あれも大公に食べさせてみたい!」と連発するガルシアさんの、燃え上がるような忠誠心に興味を引かれ、いつかガルシアさんを彼の本拠地で取材をしてみたいと思いました。そして、2016年日本とモナコが国交樹立10年という情報を聞きつけ、これはチャンス!とばかり取材を申し込んだところ、半年にわたる交渉の末、宮殿内にカメラを入れることをアルベール2世自らが特別に許可してくれたのです

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【2013年気仙沼を訪問したとき。 「ワカメェ♪」と感嘆をあげるガルシア料理長】

許可が出たといってもそこは一国の元首の宮殿。大公の食事風景をおいそれと撮影することはできません。もちろん30年以上仕えてきたガルシアさんにとっても、大公は未だに雲の上の人二人のやりとりは日々、手書きのメニューノートを通じて密やかに行われます。大公の気分や体調を気づかい、常に楽しいサプライズにあふれた料理を提案する文面は、まさしく“食を通じたラブレター”。それに大公も毎日、手書きで応えるのです。しかし、丹精込めて作った料理を運ぶのはあくまでも給仕長。ガルシアさんは、大公が自分の料理を口にする姿を見ることは決してないそうです。恋愛と同じで、相手を思う気持ちを長続きさせるコツは、絶妙な距離感なのかもしれませんね。

さらに驚いたのが、グレース公妃が作ったプライベートな農園です。忙しい公務の合間に、プリンスたちに新鮮な旬の野菜を食べさせるため、自ら畑に立っていたのです。ガルシアさんは今も毎朝農園から届けられる旬の野菜や花をふんだんに食卓に登場させます。週に一回まとめ買いした食材を冷凍して使い回す身からすると、これぞ本当の贅沢!と羨ましい限り・・・。

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普段はヴェールに包まれたモナコ宮殿の食卓。ガルシアさんと一緒に、地中海ならではの食材を発見する旅に出て、モナコ大公のハートをガッチリつかむ華麗な料理やスイーツが誕生する瞬間に、ぜひ立ち会いませんか。

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あまりTVを観ない私ですが、アーカイブで観られるなら是非もう一度観たいと思いました。

南仏を訪れる機会がありましたら、モナコはニースから電車でほんの20分ほどですので
是非お立ち寄りくださいね。




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