フランスアンティーク&ブロカント雑貨 | メゾン・ヴィヴィエンヌのフランスアンティーク物語

美しい空色のようなブルーがとても印象的な忘れな草。
この可憐なお花をモチーフにしたアンティーク・ポストカードたちが入荷しました。

DP1148

http://www.maisonvivienne.com/SHOP/DP1148.html



英語名  forget- me -not で記憶なさっている方も多いかもしれませんね。

尾崎豊さんの歌に同名のものがあります。

https://www.youtube.com/watch?v=Zcv9qUwzfFo&list=RDZOKKAZSPAwA&index=5

https://www.youtube.com/watch?v=0mwDUWjTf70

(音が出ます。ご注意ください)



”君の教えてくれた
その花の名前は
街に埋もれそうな
小さな忘れな草”

”二人が育む
愛の名前は
街に埋もれそうな
小さな忘れな草”



その歌詞のとおり、本当に小さくて可愛らしい、
都会の片隅に咲いていたら気付かずに通りすぎてしまいそうな・・・
そんな可憐な佇まいのお花です。


DP1146

http://www.maisonvivienne.com/SHOP/DP1146.html


ヨーロッパ原産のこのお花は日本でも北海道・本州・四国に分布していますが、
暑さに弱いため北海道や長野の高地などでしか夏を越すことが出来ないそうです。


ところで、fortget-me-not って文法的に変では?とお思いになりますよね。

これは、名前の由来となったのが中世ドイツでの出来事なので、文法が現代とは異なるのだとか。

昔、ドナウ河のほとりを散歩していた騎士のルドルフと恋人ベルタ。
ルドルフはベルタのために忘れな草を摘もうと川辺に降りていったところ
甲冑が重いためバランスを失い河に落ちてしまいます。
最後の力を振り絞って恋人に向かって忘れな草を投げ

vergiss mein nicht(私を忘れないで)!

と叫び、流れに飲まれて行きました・・・


そんな悲しい恋の物語がこのお花の名の由来です。
この中世ドイツ語の言葉がそのまま英語になったのがforget-me-not ということです。

フランスではMyosotis(ミュオソティス・・学名そのまま)。


DP1145
http://www.maisonvivienne.com/SHOP/DP1145.html


5月14日生まれの誕生花であるミュオソティスですが、
上のカードでは5月1日に女性に贈る習慣のあるスズランと組み合わされていますね。
春らしさいっぱい・・・
が、季節感がまったくずれていて申し訳ございません。
今、花シリーズに凝っておりまして・・・、、


近々、ノエル(クリスマス)のカードを取り上げたいと思いますのでよろしくお願い致します♪


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古いポストカードの表・裏を見ていると、
現代のわれわれからすると不思議に思われることがあります。

絵柄の面に切手が貼られているものがあるのです。
当初はどちらに切手を貼っても良かったのです。
その後、ポストカードの黄金期と呼ばれる時代の初期、
つまり1901-2年の間に
絵柄の面に切手を貼ることが禁止されました。
(後にまたどちらに貼ってもいいことになります)

DP1143
http://www.maisonvivienne.com/SHOP/DP1143.html


DP1147
http://www.maisonvivienne.com/SHOP/DP1147.html


1eravril031
 http://www.maisonvivienne.com/SHOP/DP1121.html


どうせ切手を絵柄面に貼るのなら、上下の向きくらい揃えたいものですよね^^;


また、1904年の初めごろまで、
裏面に宛先以外記入することは禁止されており
宛先を書くための水平線が
3~4本引かれているだけでした。
通信文は、絵柄の余白に書くものだったのです。

scan094 
http://www.maisonvivienne.com/SHOP/DP1145.html

この年、裏面に文字を書いても良いこととなり、
垂直線が引かれ、左側を通信欄
右側が宛先欄と区別されました。
これによって、絵柄の面いっぱいに
イラストや写真を配置できるようになりました。

DP1133a
http://www.maisonvivienne.com/SHOP/DP1133.html *SOLDOUT

scan092
http://www.maisonvivienne.com/SHOP/DP1144.html

scan098
http://www.maisonvivienne.com/SHOP/DP1147.html


さらに同年、絵柄のないほうの面に
「表に文面の書かれたものは
いずれの外国でも受け付けられません」
と記載しなければいけないことになりますが、
1909年に「carte postale」とだけ記せばいいことになります。

"carte postale "の下に
"Tous les Pays Etrangers n'acceptent pas la Correspondance au recto"
と印字されています


scan096

http://www.maisonvivienne.com/SHOP/DP1146.html

scan100

http://www.maisonvivienne.com/SHOP/DP1148.html

消印や日付の記入があれば
年代の特定がしやすいですが、
消印がない場合は以上のことなどを参考に
年代を推定することになります。

ただし・・・、
ここまでの説明は「パリ・アンティーク物語」(東京書籍)や
wikipediaフランス版などを参考にまとめましたが、
実際にポストカードを手に取って見てみると
上記に当てはまらない例が出てくるのです。
今よりは緩やかな決まりだったのでしょうか。
ポストカードの制作された年代と
差し出された年代が違うという可能性もあるでしょう。
そんなわけで、1900年~1910年までの
詳細な年代の推定はなかなか難しくなっております。


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定形のポストカードは、
1869年10月1日にウィーンで誕生したのだとか。
フランスで発行されたのは1873年1月のことで、
当初は郵便局が独占販売していました。
その後、1875年に専売は解かれますが
それまでの間にも商業的なコマーシャルに
使われることもありました。

1889年のパリ万博では、
エッフェル塔をモチーフにしたポストカードが
300.000枚も売れたそうです。
電話が通信の主流になる前の時代のことですから、
今の我々には想像できないくらい
日常的に使われていて、
同じ町のあるカルティエから別のカルティエ宛に
気軽に出していたそうです。
(切手の貼っていないものも沢山あるのです。
近いので、自分で渡しに行ったり
近所の誰かに言づけたりしたのでしょう)

それほどに日常の通信手段として
頻繁に使われたポストカードには
「黄金時代」と呼ばれる時代があります。

第一次世界大戦中を中心とした
1900年~1920年頃です。

当店で販売しているポストカードも
この時代のものが多いです。

紙や印刷の質感が優れたもの
写真に後から手彩色したもの
エンボス加工・金箔などの
凝った仕上げのもの

は、この時代ならでは。
その後徐々に良い素材が使われなくなり
電話という代替の通信手段が
現れたことにより衰退していきます。
今後このような高品質なものが
作られることはおそらくないので
本当に価値の高いものなのです。

日本で行われている蚤の市で
時々、カラーコピーをしたものが
100円とか200円とかで
売られていることがあります。
著作権が切れているので
厳密にいえば違法ではありませんが
同業者として驚いてしまいます。


③ではようやく裏面について
お話しさせていただきます^^;


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ポストカードは、手頃で集めやすいアンティークとして
フランスでとても人気があります。
アンティーク・ポストカードだけのフェアも
あちこちで開催されているほど。

DSC_0039


また、アンティーク・ポストカードのお店に行くと
それはもうきっちりと、カテゴリーごとに
綺麗に整理整頓されているものです。
場所、動物、植物、赤ちゃん・・・、
更にそれが細分化されています。
パリなら750XXといった郵便番号ごと>カルティエ(街区)ごと
地方は地方で郵便番号ごと、都市ごと、街ごとに。
動物も、豚、羊、さる、鳥・・・
その中で更に細分化されていることも。

また、クリスマスやイースターなどのお祝い事に
特によく使われたので、
そういったモチーフごとにも分けられています。

ただ、そういったきっちり分類されたところで買うと
皆さんおそらくびっくりされるほど高いです。
(それでもフランスにはコアなコレクターが
いるので商売が成り立ちます)

残念ながら日本のお客様はそこまでのコレクターは
ほとんどいらっしゃらないようですので^^;
そういったところではなかなか買えません。
ですので、もっと安いところで
見つけて来ることが多いのですが
それがなかなか大変だったりします。

「こんな古い紙切れごとき、けっこう高いわね」
そう思われる方もいらっしゃいますし
実際そのようにお客様に言われた
同業者様もいらっしゃいます(汗)
コレクターグッズというのは、興味のない方には
何の価値もないのですよね。

さて。
このように一部のフランス人が
熱狂的に収集するアンティーク・ポストカード。
いつ頃からどのように出来たのでしょうか?


書き溜めてあるのですが、少々長くなりますので
また何度かに分けてご紹介させていただきますね。


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もうそろそろきのこ狩りの季節も終わりですね。

我が家は10月初めに夫の畑のある
長野県北部にてきのこ「探し」をしました。
今週末も行きますが、
もう終わりではないかなと思っています。

日本でのきのこ狩はしたことがなかったのですが
フランスに住んでいた28歳くらいの時、
週末になると当時の恋人が
フォンテーヌブローの森にきのこ狩に連れて行ってくれました。
(当時はそういうのあまり好きではありませんでしたが・・・)

フランスのスーパーやマルシェで秋になると
「ごそっ!」と山盛りになって売られているきのこは
ジロル茸、プルロット、ピエ・ド・ムトン、
そしてセップ茸(イタリアで言うところのポルチーニ茸)。
トロンペット・ド・ラ・モールは生より乾燥したのが多いでしょうか。
ちなみに、あみがさ茸のモリーユ茸は春、
シャントレルは夏のきのこだそう。

フォンテーヌブローの森では、
その中の「セップ茸」がよく採れました。

cepe-de-bordeaux-300x199

セップ茸
http://www.mycologique.com/

Pleurotes_DC_t_800

プルロット
http://dico-cuisine.fr/news/pleurote


220px-Cantharellus_cibarius

ジロル茸(wikipedia)

Macrolepiota

クルメル(wikipedia)
→これもフォンテーヌブローの森でよく採りましたが、
同じ種類の毒きのこと良く似ているので要注意です。

morilles
あみがさ茸(モリーユ)




他の食用きのこも採れるのでしょうけれど、
きのこ狩りの鉄則は

「確実に知っているきのこしか採らない」。

「これ、○○に似てるけど・・・」というのは
絶対採っちゃだめなのです、
軸に輪っかがついているかついていないか
傘がささくれ立っているかいないか
裏のひだの間隔が密かそうでないか などなど、
違うきのこと見分けるための部分が多すぎて
素人には太刀打ちできません。
白雪姫に出てくるような赤いきのこばかりが
毒きのこではないのです・・・


ちなみに、長野で見つけたきのこはこちら。


DSC_1263
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DSC_1648


下から二番目の黒っぽいのが、フランスで良く食べる
トロンペット・ド・ラ・モール(死のラッパ)。
日本では「黒ラッパ茸」といいます。
上から5番目の写真のような、
セップ茸のように裏がスポンジ状のきのこも日本にあります。
ちなみに、ここにご紹介したものを
採って食べたわけではありません(笑)
判別つかないので採っていません。
上から3つ目までは確実に毒きのこだと思います。
その他、知らないきのこは触るのもよろしくないので
写真に収めるだけに留めました。

今週末もまた長野行ってきます。
そのため、本来11月3日・5日・6日が休日のところ
11月4~6日にお休みを頂戴致します。
ご不便をおかけして申し訳ございません。
その前に、ポストカードの裏面についてのページをと思い
書き始めています。
出来れば今日中にアップしたいと思います。
→明日でよろしいでしょうか・・・



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スミレは、都会ではひっそりと気づかれずに
コンクリートの谷間に咲いていることが多いのではないかと思います。
お花屋さんに行けばすぐに買えるタイプのお花でもないので
都会人にとっては希少なお花かもしれません。

都会から離れたところにお住まいの方のほうが
スミレを身近に感じていらっしゃるのではないでしょうか。

スミレのアンティーク・ポストカード


DP1149

「誠実」という花言葉によるものでしょうか、
「友情」にまつわる言葉が印字されているものが
今回の3枚のうち2枚あります。
こちらは「誠実な友情」。
エンボス加工されたモチーフ部分に
シルクタッチの布張りがしてあります。
(本当にシルクかもしれません)
このタイプのカードは実は平たいタイプの
2倍~3倍くらいお値段が張ります。


DP1147

こちらも「友情」タイプの言葉が印字されています。
でも「あなたからの綺麗なブーケ受け取ったわ」との
マドモワゼルからムッシュウへのメッセージが。・・・

DP1150

こちら、スズランのホワイトとスミレの濃いバイオレットの
コントラストがとても美しい一枚。
紫という色は非常に大人の女性のイメージが強くて
いままであまり挑戦してこなかった色ですが(お洋服で)
白と合わせると清潔感が出てなかなか素敵ですね。

次回は、ちょっと裏面のことについて書きたいと思っています。

スミレのアンティーク・ポストカード 



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スミレはアンティークファンのみならず、
収集家がたくさんいらっしゃるモチーフです。

花言葉は「謙虚」「誠実」「小さな幸せ」。
「ニオイスミレ」はギリシャの国花となっています。

また、ヨーロッパでは、

薔薇は「美」を 
百合は「純潔」を 
菫は「謙虚」と「誠実」を表し、
この3つを兼ね備えたひとが理想の女性といわれるのだとか。

ちなみに、私の通っていたカトリックの学校も
夫が通っていた学校も百合が校章でした^^;

さて、その可憐な水色や紫色のスミレをモチーフとした
とても可愛いアンティーク・ポストカードたちが入荷しました。

スミレのアンティーク・ポストカード

DP1144

バイオレットのスミレで覆われた井戸!
実在したらどんなにか素敵でしょう~♪
白鳩や四つ葉のクローバーなど、幸福のシンボルも一緒に。
とても縁起が良く色合いも綺麗な一枚です。

DP1143



スミレのアンティーク・ポストカード

こちら、1900年代初頭のものと思われますが
やはり古いものほど達筆な方が多いように思われますし
使われている筆記具もボールペンなどではなく
ペン先にインクを付けて書くペンですので
セピア色やブルーブラックなどの
味のあるカラーだったりします。
三枚とも美しい筆跡で書かれているので
完売する前にブログでご紹介出来たらと思います。


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11月号(9/28発売)の25ansは
フランス王妃マリー・アントワネット特集でした。


こちらのリンクでパラパラと試し読みが可能です。

「マリー・アントワネット気分」なインテリア雑貨や小物が
たくさん掲載されていてうっとりしてしまいました。

パステルカラーのドレス、とろみブラウス、
レース遣いの小物たち、デコラティブなミラー、スイーツ・・・
好きな物ばかり。

ご親切に、こんなものまで紹介されていました。

image


レース柄のビューラー。 汚れが付いていて恐縮です・・・


貝印です。嬉しい日本製♪

色違い(ピンク/ベージュ)
タイプ違い(レギュラー/センターカール)は
数量限定商品なので完売も出ていて
私の購入したもの(レギュラー・ピンク)
だけがまだ残っているようです。

ピンク>ベージュ  レギュラーカール>センターカール
だと思うので、一番売れそうだから
一番販売数量が多かったのでしょうか。
それともベーシックだからということで
ベージュのほうから売れるのかしら?

ビューラーは、ドレッサー/洗面所/ポーチの中
と3つ持っていますが、こんなにかさばらず
かわいい姿のものは見たことがありません。
この夏、素晴らしいマスカラに出会ってしまい
お化粧直しのビューラーが要らなくなってしまったので
持ち歩く必要もなくなってしまったのですが
可愛いのでポーチに入れてあります^^

ピンクが好き・レースが好きという方
是非チェックしてみてください!

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11月23日まで開催されている表題の美術展に先日行ってきました。


インテリアや小物であればもう少し古い時代が好みなのですが

副題に「ポワレからシャネル、サンローランまで」と書いてあったので

女ごころがじっとしていられませんでした!

http://panasonic.co.jp/es/museum/

DSC_0667


展示品のすべてが、島根県立石見美術館の所蔵品だとか。
森英恵さんが島根ご出身というご縁から
ファッションに関する膨大なコレクションも有しているそうです。

http://www.grandtoit.jp/access/index.html

*森英恵さんについて少し調べたところ、
桜町高校(なんと、ご近所なのです!)ご出身だとか。
大学は東京女子大。
(ここを卒業した中学~高校の同級生3人は
入社以来ずっと同じ大手企業で活躍されています。
なので、才女を輩出しているイメージがあります)

学生時代に勤労動員で働いていた工場で知り合った
元陸軍主計少佐(経理ですね)森賢と結婚し(1948)
夫の家業であった繊維会社で働きながらドレメに通い
新宿東口に洋裁店「ひよしや」オープン(1951)。
銀座に「ハナエ・モリ」ブティックをオープンしたのが1954年。

なんとスピーディな展開でしょう!
その後のご活躍はご存じのとおりです。


DSC_0662

話を元に戻しまして
右側がシャネルのイブニング・ドレスです。
黒の絹シフォンのリトル・ブラック・ドレス。
裾がアシンメトリーで左側だけが歩くとゆらゆら揺れ、
シンプルながらとてもエレガントです。
1927年の作品ですが、いまお店に並んでいても
まったく違和感がありませんね。
永遠の命を持つアンティークです。
欲しいです・・・

DSC_0663

右は1926年頃の作者不詳のテニス・ウェア。
なんとエレガントなのでしょう・・・
左は1920年代後半~30年代初頭のビーチ・アンサンブル。
同じく作者不詳です。
水着ではなく、ビーチのお散歩用。
今でいう「スカンツ」でしょうか?
あれにはそれほど心惹かれないのですが
これを着てニースの海岸を歩いている女性がいたら
目が釘付けになってしまいそうです。

DSC_0665

数は少なかったのですが、靴もありました。
花のモチーフが幾何学的にデザインされた
1920年頃のイブニング・パンプス。
作者不詳です。
アール・デコ期には足首が見える丈の短いスカートが流行し
それを受けてデザインの凝ったストッキングや靴が出回ったのだとか。

DSC_0666

どなたの作品かわからなくなってしまった、3点。
どれも1920-30年代です。

撮影可能な作品が非常に少なかったのですが
それでも国内の美術展としては多いほうかもしれません。

撮影不可でしたが、ディオールやバレンシアガのドレスやガウン
そして、懐かしの?クレージュの服も数点ありました。
懐かしいと言っても、クレージュの服が流行した頃には
まだ生まれていませんでしたが、
ライセンスビジネスによるバッグやポーチなどの小物は
高校時代に流行っていたように思います。

汐留は、銀座からもなんとか歩いて行けるので
この美術館に行きたい時には銀座にも用事を入れて
ヒール低めの靴を履いてあちこち立ち寄ります。
この日は、銀座のクリニックと銀座ダイアナ
(足が21.5と小さいのでここの小さいサイズコーナーの常連です)と
新橋の瀬戸内旬彩館をハシゴしました。

フランスや服飾文化にご興味のある方、
是非「パナソニック汐留ミュージアム」にお出かけくださいませ。

http://panasonic.co.jp/es/museum/


*実は・・・知り合って数か月の、
よくお泊りさせていただくお宅というかお宿の人懐こいにゃんこが
交通事故で亡くなってしまいました!
落ち込んでいます。
飼っていらっしゃる方 やはり外には絶対出さないのでしょうか?


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数日前、ル・モンド誌に掲載された記事で
ミッテラン元フランス大統領から長年の愛人に送られた
ラブ・レターが出版されるということを知りました。

http://www.lemonde.fr/livres/article/2016/10/06/anne-pingeot-au-grand-jour_5008925_3260.html


ミッテラン氏に隠し子がいたということ自体は
かなり前から知られていまして、
女性問題について記者が質問した際、ミッテラン氏が

"Et alors?" (エ・アロー?=それが何か?)

と聞き返したというのは有名で、
この言葉にいたく感銘(?)を受けた渡辺淳一氏が
「エ・アロール」という小説を書いたという逸話を
ご存じの方も多いかと思います。

愛人であるアンヌ・パンジョ女史は
厳格で保守的なカトリック教育を受けて育った
ミッテラン氏の友人の娘だそうです。

14歳のその娘を
ゴルフ場のクラブハウスで見かけたのが馴れ初めで
愛し合うようになったのは一応20歳の時という話で
(ミッテラン氏は47歳!)
彼女は長じてオルセー美術館の
19世紀後半の彫刻を専門とする学芸員になります。

annepingeot

赤いマントの女性がアンヌ その隣がミッテラン氏 (画像はル・モンド誌のものを拝借しています)

1964年に始まったこの関係において
1974年にマザリーヌという娘がひっそりと誕生し
ミッテラン氏が亡くなる1996年までの32年間
二重生活が続けられていたとのこと。
rue Jacob、パリ六区が母子の住まいであり
時々父親が訪ねてくる場所でした。

1996年、ミッテラン氏の葬儀の際、
母子の姿がフランス国民の目に初めて触れ
その10年後一人娘マザリーヌが本を出版し
元フランス大統領の二重生活について語りましたが、
既に1994年にパリ・マッチ誌が
ミッテラン氏とマザリーヌが
パリで会っている写真を掲載したことにより
フランス国民はその隠れた存在を知っていました。

「その時代のカトリック的・ブルジョワ的道徳観のため」
ダニエル夫人との離婚は絶対にしなかったミッテラン氏。
こんなことを言っていたとか。


“Il n’y a d’amour éternel que contrarié.
Méfiez-vous d’un amour paisible où tout va bien !
Quand c’est difficile
– quand c’est tout le temps difficile –,
l’amour ne s’éteint pas.” 

障害がなければ永遠の愛はない。
平穏な愛、なにもかもうまくいっている愛はダメだ、
困難なとき-常に困難が待ち受けている時-、愛は冷めないのだ。


レジスタンスの同士であったダニエル夫人とは
1944年に結婚し3男に恵まれています。
一応、この出版はダニエル夫人が
この世を去るのを待ったあとだそうですが、
それにしてもまさか恋文が
「後世、出版されてみんなに読まれる」ことを
想定していなかったミッテラン氏もびっくりでしょう。
自分が愛した女性とその子がこのようなことをするとは・・・

それにしても
「困難だから不倫は燃えるんだよ」と言ってしまうミッテラン氏。
(平たく訳しすぎでしょうか?^^;)
年端もいかなかった頃から洗脳?されてしまったアンヌ。
婚外子として寂しい思いをしたのか
自己肯定感が欲しくて仕方がなくて?暴露本を綴るマザリーヌ。

人生いろいろですね・・・

隠れた関係とはいえ、32年も続いたとなれば
「本物の愛」に昇華する、の、かも、しれませんし、
それほど長く誰かと愛し愛されあったことのない私から見ると
尊敬し愛する人と32年間もの間
婚姻関係で縛られていないにも関わらず
愛の醒めない「家庭」を築き、子を授かり
死後もなお「後にも先にも彼だけだった」と言うくらいなのだから
アンヌという女性はとても幸福だったと思います。
娘も母親を崇拝しているようですし。
マザリーヌの肩書は「作家」ですので
娘が母親に「後世に残すべき」と背中を押したのかと思えます。

でも・・・愛する人からのラブレターは
秘するべきではないでしょうか。

(ふと、フランス人の元恋人からのラブレターが
たくさんあるのを思い出しました!どうしましょう~ )


国父としてはシャルル・ド・ゴール元大統領の次に
国民に指示され尊敬されているミッテラン氏ですが
私生活はこのように「裏」がありました。
それでも、現在お茶の間を賑わせている
某アメリカ大統領候補の方とは
だいぶ品格が違うように思うのは私だけでしょうか。


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